古式ゆかり6月13日御誕生日記念ショートストーリー

「古式ゆかりのBirthDay」(後編) 公開日2000/06/13




 6月13日・・・その日は朝から快晴だった。
 「寝不足〜?」
 ゆかりが倒れたと聞き、昼休みと言う時間を利用してエスケープを決行した朝日奈夕子。
 古式家の玄関で、ゆかりの母から事情を聞くと・・・。
 「最近あの子ったら、編物に夢中になっていたらしくて・・・」
 「また、どうして急に・・・ゆかりらしくないなぁ」
 母も困惑した表情で奥座敷を見詰めながら言った。
 「父の日が迫っているの」
 「それって・・・」
 「18日ですけど、とても間に合いませんよね〜」
 だが夕子は玄関に座ると、何やら考え事。
 「うーん・・・」
 しかし、結論は早かった。
 「ゆかりなら、間に合うかも」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 昼過ぎだと言うのに、肝心のゆかりは未だ布団の中。
 その横で夕子が珍しく正座の姿勢で寝顔をじっと見詰めている。
 「ったく、心配掛けさせるんだから・・・」
 しかし、頭の中で考えている事は違っていた。
 ・・・こんな事している間も駅前の今日限りの春物バーゲンは・・・
 ふいに彼女の携帯電話が鳴る。
 「ヤバ・・・」
 慌てて音を小さくした。
 見ると、カラー液晶に見慣れない人物の名が刻まれている。
 [真帆]
 白雪家の妹で、きらめき高校に通っている。つまり夕子たちと同じ学校の生徒だ。
 一方、姉の名は白雪美帆。ひびきの高校に通う占いの好きな優しい性格。
 仕方がないのでそのまま受けた。
 「もしもし?」
 『ヒナ、今何してる?』
 電話の向こうは別クラスの友人。
 「真帆こそ、あんた授業どうしたの?」
 白雪真帆の声は続く。
 『当然、エスケープ・・・今バーゲン売り場にいるの』
 夕子は頭を抱えた。
 「あ〜っ、ちょっと抜け駆けしたわね〜」
 「何を助太刀したのですか?」
 「実は・・・うっ?」
 いつの間にか、ゆかりは起きていた。
 それから大きく背伸びをして、首を振る。
 「はあ〜、良く寝ました〜」
 夕子は携帯の電源をそのままオフにした。
 ・・・許せ、真帆・・・

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 バーゲン会場で、一人不機嫌の生徒がいた。
 置き去りにされた真帆である。
 「ヒナったら・・・」
 一方的に切られた携帯を見詰めながら、今度は別の電話番号を入力。
 「もしもし・・・」
 しばらく小声で話し、それからオフにする。
 「にゃーるほどね」
 先ほどまで天使のような表情が、今度は小悪魔のような悪戯好きの表情になる。
 「見てらっしゃ〜い。ヒナ」
 全ての謎は解けたのだろうか?
 きびすを返し、歩もうとした瞬間、その前に誰かが立ちはだかった。
 「いっ!?」
 目の前の人物は物凄い剣幕で睨み付けている。
 「真帆!」
 「姉さん・・・」
 彼女の前に、姉の美帆がいた。
 「心配ばかり掛けさせて・・・」
 こんな時間帯に姉妹でエスケープだろうか。と言う詮索は次の台詞で無駄に終わった。
 「きらめき高校よりお呼び出しの電話があって、真帆が通いそうな所を全て探したのですよ」
 「姉さんには、悪いと思ってる」
 珍しい事に、今日の真帆は思ったより素直に美帆の言う事を聞いている。
 しかし、足もとは数センチずつ確実に横へ動いていた。
 「だから・・・」
 真帆の足もとを目で追う。
 「だから?」
 「見逃して〜!」
 「なりませーん!」
 その直後、美帆の右ラリアートが彼女の首元にヒットした。
 「あ・・・」
 「ぐはっ!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 「とんだ誕生日になったね」
 夕子が縁側に座り、裏庭の馬型埴輪を見ながら呟く。
 「でも・・・また増えたんじゃない?」
 「馬のポニーさんです。今日は晴れて良かったですね〜」
 ゆかりは裏庭に立ち、埴輪のポニーの頭を優しく撫でていた。
 「ほら、夕子さんも見て下さい。可愛いでしょう」
 夕子は遂にゆかりの頭がおかしくなったのではと思った。
 しかし、こちらを振り向いた時、その満面の笑顔からは、そんな様子は感じられない。
 ・・・やれやれ、何にでも素直だよな・・・
 呆れるほど馬鹿げた行動だが、彼女にとってそれが普通だった。
 時にはウツボカツラを見て可愛いと言ってみたり、目の鋭いコアラに見惚れていたり・・・。
 そんな分からないような場面でも、ゆかりは必ず微笑んでいた。
 「ねえ、夕子さん・・・」
 「ん? どしたの?」
 解き掛けた左のおさげを直しながら、ゆかりは言った。
 「あの公園に、行ってみませんか?」
 「うん、良いけど」
 ゆかりが言うあの公園とは、ひびきの公園の事である。
 二人が小学生の時、寄り道ついでに遠出して迷子になった事がある。
 その時に偶然見つけたのが、ひびきの公園だ。
 「体調の方は、もう良いの?」
 「はい、グッスリ眠る事が出来ましたので、もう大丈夫です」
 夕子が縁側から立ち上がる。
 「んじゃ、行こっか」
 「時に・・・」
 「えっ?」
 「今日は誰のお誕生日なのでしょうか?」
 夕子、廊下に突っ伏す。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ひびきの公園までは、かなりの距離がある。夕子が小さい頃は良くここまで歩いたもんだと思った。
 砂場、ブランコ、滑り台、ごくありふれた情景だが、二人にとっては思い出深い場所。
 「ふえ〜、着いた着いた」
 「かなりの、距離が、ありましたね〜」
 少し息絶え絶えのゆかりに対し、夕子は比較的落ち着いていた。
 「ゆかり、辛いんならベンチに座ろっか」
 「大丈夫です・・・ふぅ〜・・・もう少しで、落ち着きますから・・・」
 さすがに辛そうだ。表情にも陰りが見える。
 心配になった夕子がゆかりに肩を貸した。
 「ほら、無理しない」
 「大丈夫ですよ〜。少し休んだら元通りになります」
 夕子は近くにあったベンチにゆかりを座らせると、自分も座った。
 気が利く彼女はゆかりにバッグから缶ジュースを差し出す。
 「さっ、飲んで」
 「ありがとうございます」
 ゆかりに手渡したのはオレンジジュース。
 夕子の持っているのはアップルジュースである。
 手元のオレンジジュースを見て、ゆかりが言った。
 「あのお〜」
 「あ、こっちの方が良かった?」
 「いいえ、わたくしオレンジジュース大好きです」
 それを聞いて安心した夕子は手元のアップルジュースのタブを引いた。
 プシュッと言う軽快な音がする。
 すると、再びゆかりの声が・・・。
 「あのお〜」
 もう少しで口を付けそうになり、慌ててゆかりに差し出す。
 「欲しいんなら素直に言いなさいよ〜」
 「いいえ、わたくしオレンジジュースの方が・・・」
 何やら様子が変。
 「そう言えばさ〜、さっきから何ジーッと見てるの?」
 「夕子さん・・・」
 いきなりゆかりが微笑みながら言った。
 「これ、果汁100パーセントなんですね〜」
 「そうだけど・・・」
 「わたくし、初めて見ました。缶ジュースにも、あるんですね〜」
 昨日と言い今日と言い、夕子の調子は壊れていた。
 「そりゃーありますよ。ありますとも。果汁10パーセントも20パーセントも30パーセントも」
 「夕子さん、落ち着いて下さい」
 思わずアップルジュースをがぶ飲みする。
 「ふぅー、ゆかりといるとなんか漫才になっちゃう〜」
 「落ち着きました?」
 ゆかりの落ち着きぶりに、夕子は呆れるしかなかった。
 「ゆかりは良いよね〜。そうやって平気でボケかまし出来るんだから・・・」
 「わたくし、ボケてませんですけど」
 「そうやってシラフに戻るし〜」
 思わずアップルジュースをお婆さん飲み。
 『ズズ・・・』
 「御行儀悪いですよ〜」
 「ブゥー・・・」
 そんな二人の前を、お互い違う制服の姉妹が通り過ぎようとしていた。
 髪型、制服は違えど、双子の姉妹だ。
 夕子と同じきらめき高校の制服を来た方と視線が合う。
 その間、お互いの認識でそれほど時間は掛からなかったが、この場に居合わせた事の罪悪感が大きかった。
 「ま・・・ほ・・・」
 「ヒ・・・ナ・・・」
 夕子が手に持っていたジュースをゆかりに渡す。
 一方真帆は姉から逃れるために真横から突き飛ばした。
 「ヒナ、見つけた!」
 「真帆こそ、なんでここに?」
 「ぐ・・・偶然よ・・・」
 辺りはシラケムードに染まった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 その夜、白雪姉妹と夕子は古式家へ招かれた。
 ゆかりの母が玄関で出迎える。
 「娘のゆかりが、いつもお世話になっております。何もないですけど、さあどうぞ〜」
 「おじゃましまーす」
 先に入って行ったのは夕子。
 「失礼しまーす」
 次に入って行ったのは真帆。面識があるらしく、顔パスだ。
 最後に姉の美帆。
 「お初にお目に掛かります。わたくし、真帆の姉の白雪美帆と申します」
 「まあ、これはご丁寧なご挨拶を頂き恐悦至極で御座います」
 「奥様も御若くで羨ましいです」
 「あらまあ・・・」
 その会話を聞いていた真帆が玄関先まで戻って来て告げた。
 「姉さん、マジでやってるの?」
 表情は若干引きつっている。
 一方、台所では既に料理が完成していた。
 虹野沙希と藤崎詩織が自慢の手料理を披露。
 その豪華料理に、呆然と立ち尽くしている夕子。
 「す・・・すごい」
 虹野が照れくさそうに言った。
 「味の保証は、出来ないけど・・・」
 すると横にいた藤崎がフォローに入る。
 「沙希ちゃん、料理凄く上手なの」
 伝説の虹弁を生み出した本人がここにいるのだ。
 しかもそれに輪を掛けるようにマドンナまで手伝っていたとなると・・・。
 夕子は思わず呟いた。
 「これはまさしく、究極の料理」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 「ゆかりさん、お誕生日おめでとう〜」
 みんなからの声に、ゆかりは納得したらしく、こう答えた。
 「忘れていました〜。今日はわたくしの誕生日だったのですね〜」
 夕子がグラスに入ったジュースを思わずこぼしそうになる。
 「ゆかり〜、あんたマジだったの〜!?」
 「はあ〜、どうやらそのようですね〜」
 小刻みな笑いが茶の間に広がった。
 それから、改めてジュースで乾杯をする事になる。
 「では僭越ながらわたくし朝日奈夕子が、ときめき音頭・・・じゃなくって乾杯の音頭を取らせて頂きます」
 それから一呼吸を置き、彼女は言った。
 「古式ゆかりちゃん、お誕生日、おめでとう!」
 『おめでとー!』
 皆からの声にゆかりは笑顔を浮かべてこう答えた。
 「ありがとうございます」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 その様子を廊下の隅から眺めている二人がいた。
「やれやれ・・・自分の誕生日を忘れるほど勉学に励んでいたとは・・・」
「あらやだ、お父さんったら、18日の父の日のために、あの子ったら編物をしていたんですよ」
「そうだったのか、ゆかり・・・父は嬉しいぞ」


おしまい♪



後日談・・・

ゆかりちゃんは無事に編物(セーター)を編み終えたそうですが、
時期的にセーターは合わないと言う事で、その年の秋に父親は
着用したそうです。

しかし、18日に試着したのは間違いないとか・・・