古式ゆかり&虹野沙希ショートストーリー2

「きらめき高校版、料理の鉄人」(後編) 公開日2001/08/10




 きらめきバザー当日。会場はここ、きらめき高校校舎内で行われた。
 商店街からの出店、2クラスペアーでの出店と、各教室は準備に余念がない。
 そして2年E組F組合同による料理対決は、比較的大きな敷地を使用しても問題がな
い中庭で行われる事になった。
 また舞台設定も本格的にする為、商店街にある飲食店から借り入れた。
 今回の虹野、古式の2大料理対決は放送室を通じて全教室にテレビ放送される。1時
間の時間枠に、指定されたメニューをクリアし、試食により最も評価の高い方が料理の
鉄人として表彰される。

 二人は今現在、各自別の控え室にて打ち合わせ中。
 まずは虹野沙希がいる控え室。
 「沙希、どう? 似合う?」
 その母の姿は、まるで中世の魔女のような格好。
 「お母さん、その姿で出るの? 恥ずかしい・・・」
 虹野は思わず掌で顔を覆ってしまう。
 しかし、そんな事はお構いなしに、母は控え室から出ようとする。
 「さあ出陣よ。沙希、参るぞ〜」
 「ちょっ、ちょっと! お願いだから娘に恥をかかせないで〜!」
 慌てて止めに入るが既に母の手は控え室のドアノブを回していた。
 「あーダメダメ!」
 必死になり両手で母を取り押さえようとする。

 同、古式ゆかりのいる控え室。
 「あの〜、どちらさまで〜」
 この時期珍しく、彼女は顔を強張らせながらそれを見ている。
 母の服装は、まるで極道映画にでも登場しそうな黒地に金の刺繍を施した艶姿。
 「この日が来るのをどれだけ待ちわびた事でしょう。娘よ、その血の高鳴りを我に預
  けよ。そして師弟仁義に乗っ取り清々堂々戦おうぞ」
 多少時代劇も入り混じっている様子。
 「お母さま、少しお疲れのご様子で・・・」
 「娘の恥を晒すなら、この私が身代わりに・・・ゆかり、その辺判って頂戴・・・ね」
 母の乱心ぶりに、娘は冷汗を流していた。
 「余計恥ずかしいんですけど〜」
 こちらもいつ、控え室から外に出るか全く判らない状況だった。

 その数分後、両控え室のドアが同時に解き放たれる。
 控え室は通路を挟んで向かい同士になっている為、同時に出たらお互い鉢合わせにな
っても不思議ではない。しかし、これも偶然の産物だろうか。
 『ガチャ!』
 『ガチャ!』
 控え室から飛び出したのは、お互いの母同士。
 一時の沈黙・・・。
 「ブッ・・・」
 「クッ・・・」
 その後、お互いの姿を見て大爆笑に至ったのは言うまでもなかった。
 「きゃははははは!」

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 虹野と古式が二人並んで花道を踏み締め、中庭特設ステージへ向かう。
 「古式さん、あんな母ですけど、普段は凄く尊敬出来て・・・」
 「いいえ、こちらこそ・・・生き恥を晒す形になってしまい・・・」
 お互い後ろを振り返る。
 「ふぅ〜・・・」
 殆ど同時にため息をついた。
 既に後ろにいた母は、今にも合い争わんとする限界の所まで来ていた。一体どちらが
対決するのやら。今の母には理解出来ない所が数多し。
 「あら、なーにそのお姿、まるで西洋の悪質な魔女・・・」
 「そちらこそ、今にもどこかへ押し入りそうな凶悪な極道の妻・・・」
 今の二人にとって、母は頭痛のもととなりそうだ。

 「ゆかり〜、ファイト!」
 「虹野さ〜ん、頑張って〜!」
 特設会場から見物する生徒の声が上がる。
 ルールとして助手は2名までつけることが許されていた。
 各自、火元のチェックを済ませる中、司会進行役が舞台中央に姿を現す。
 『レディズ、アンド、ジェントルマン!』
 すると今度は会場から罵声が上がった。
 「早く始めろー!」
 「お腹ペコペコよ!」
 どうやら判定はそっちのけで料理が目当ての者も何名かいるようだ。
 ゲスト席に両者の母が着席する。
 「古式さん、今日こそは決着を付ける時よ」
 「あら、虹野さんこそ年貢の納め時ですよ〜」
 それを確認するように司会者のコメントが入る。
 『今日は特別ゲストとして虹野さんと古式さんのお母さんをお招きしています』
 いきなり注目されて焦り気味。
 「ど、どうも・・・」
 『まさしく鳶が鷹を産んだ・・・にしては何やら妖しげな・・・』
 余計な事を言ったばかりに、今度は母からの鋭い視線が・・・。
 「ギロ・・・」
 それを見た司会者が慌てて話題を戻す。
 『では、これより料理対決を行います・・・スタート!』

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 20分経過が経過した。
 普段は時間勝負を行った事がない二人は、与えられた時間内で両者とも苦戦を強いら
れている。そして、ほとんどリハーサルのない状況で行っている為、加圧機の故障やオ
ーブンのスイッチ接触不良等と言うトラブルが発生していた。
 虹野のチームでは主に肉料理等の加圧機を使った料理がメインの為、急遽メニューの
変更を余儀なくされた。
 一方、古式チームの方はピザ料理がオーブンの故障で上手く焼けないので、サランラ
ップを使った包み焼きに変更。
 『カチッ、カチッ・・・』
 オーブンのスイッチを操作するが、電気が入らない。
 「ダメ、やっぱり電源入らない・・・」
 両チームがその光景を見つめている。
 「加圧機、オーブン・・・まるで調理器のサバイバルね」
 その情景の中、比較的落ち着いていた虹野が語る。
 「勝負は二の次、今ある材料で最高の物を作りましょう」
 両チームの生徒は黙って頷く。
 すると何処からか声がした。
 「ふふふ・・・深刻な事態のようね」
 状況を見かねてだろう。その生徒は観客の中に1人立っていた。
 手元にはなにやら妖しい工具箱を持っている。
 「メカの事なら私に任せなさい」
 そう呟くと、特設会場へ向けて歩き始めた。
 虹野側のチームの1人が名を呼ぶ。
 「紐緒さん・・・」
 彼女は既に会場内に上がり込んでいた。
 「全く、計画通りに行かないわ・・・さっ、簡単な方から済ませるわよ」
 一同に安堵の溜息が上がる。

 調理器の修理作業は急ピッチで進められた。
 まずはオーブンのスイッチ・・・。
 「これは代用品を使うしかないわね。こうして、これで良いわ・・・」
 スイッチを入れると、今度は機嫌良く動き始めた。
 「ふふふ、完了・・・さてと・・・」
 次は加圧機の修理に入る。
 紐緒は視線を観客側に移し、そのうちの1人に手招きする。
 「いらっしゃい・・・」

 観客席側の女子生徒が声を上げた。
 「あ、あたし?」
 自らを指差していた。
 紐緒は黙って頷く。
 観念したのか、その場に立つ。
 「はいはい、分かりました」
 特設会場にやって来たのは、G組の女子生徒だった。
 「えっと、清川望と言います。や、やあ・・・あはは」
 少し照れ笑いを見せながら挨拶する彼女に、紐緒から任務が言い渡される。
 「さっそくだけど、このメモに書いた物を私の研究室から取って来て」
 「ふぇ〜、やっぱり使い走りかよ〜」
 「あら、断るのなら後で美味しいドリンク作って上げる」
 「そ、それは遠慮・・・」
 多少苦笑いを見せていた。
 気が付くと、両チームからの視線が熱い。
 数人が何かを囁き、その中の言葉の幾つかが彼女の耳に届いた。
 「清川さん、頼みを聞いて」
 「トップアスリートとしての足の速さが勝負を決めるの」
 いつの間にか清川は注目株になっていた。
 その言葉を聞いて彼女はさすがに観念したらしく、軽く溜息をした後に告げた。
 「仕方ない・・・んじゃ、ちょっくらランニング行って来るね」
 数秒後、清川は校舎へ向けて駆け出す。

 数分後、無事に加圧機の方も修理が完了し、料理対決が再開された。
 会場から足早に立ち去る紐緒と清川。
 「ふふふ、美味しいドリンクが出来たから後で少し実験台になりなさい」
 「鮪のジュースは遠慮するから・・・」
 「今度は原油から搾り出した特製ジュース」
 その内容に、彼女は苦笑交じりで言った。
 「あたしは機械か・・・」

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 30分が経過した。
 各陣営は3品目の料理に取り掛かっている。
 虹野チームは5品。中華鍋を何処からか持ち出し、火力コンロを駆使して炒め物に取
り掛かっていた。今作っている料理は野菜炒めと言った所か。
 引いた油のせいで幾度か火柱が上がる。しかし、直ぐに火力を弱め、次の野菜を投入
して行く辺りは母譲りの一押しで、さすがに手馴れた物だった。
 『おお・・・』
 歓声が湧き上がる中、彼女は冷静かつスピーディに料理を仕上げて行く。
 その表情には普段見せた事がない料理人としての誇りすら感じた。
 ・・・あと2品。

 一方、古式チームは玉ねぎに悪戦苦闘する姿が目立つ。
 「水中眼鏡は素晴らしいですね〜」
 玉ねぎのみじん切りで涙が止まらなかった彼女は、同チームの秘密兵器「水中眼鏡」
を着用し、作業を続行。しかし、せっかくの表情が隠れてしまっていると会場から野次
が飛ぶ始末。それでも何とか終わり、次に炒め物へ取り掛かろうとした時にクラスメイ
トから止められた。
 「古式さん、水中眼鏡・・・」
 「まあ、すっかり忘れていました〜」
 そう言って着用していたそれをゆっくりと取り外す。
 会場から笑いが上がった。
 テレながら言う。
 「笑わないで下さい〜」
 落ち着いている暇はないと言うように、横からフライパンを押し付けられた。
 「次進めましょう。時間がないわ」
 「まあ、すっかり忘れていました〜」
 相変らずの能天気だと感じていたクラスメイトだったが、彼女がそのフライパンを受
け取った時、全てが変わった。

 『おっと、古式チームペースアップか?物凄いスピードでフライパンを生き物のよう
 に操っています。一体何が彼女を変えたのでしょう?』
 司会進行役のアナウンス通り、彼女のフライパンはまるでテニスラケットのような持
ち方で数分の間に次々と調理を進めて行く。
 一方、それを見ていた虹野はあまりの変貌ぶりに圧倒されて手が止まる。
 アナウンスが再び聞こえた。
 『圧巻です。虹野チーム、完全に手が止まっています』

 「何やってるの?早く進めないと・・・」
 クラスメイトに堰かされ、慌てて我に帰る虹野。
 「あ、ご・・・ごめんなさい。続き進めるから・・・」
 横目で気にしながら作業を進める。
 そんな彼女にゲスト席から声が上がった。
 「沙希!そんな事気にしないで気合入れなさい」
 驚いた表情でその方を見詰めると、彼女の母が今にも会場へ押しかけんばかりの勢い
でこちらを見ていた。
 そんな無邪気な姿を見て、虹野は別の想いに浸りつつある。
 ・・・こんな事をして、意味があるのかしら?
 普段はクラスも隣り同士な二人が、今は料理のライバルとして闘っている。そして、
この対決に決着が付いたとして、その後の友情関係は果たして上手く行くのだろうか。
 再び古式の方を見ると、楽しそうな表情で大根の煮物に取り掛かっていた。
 勢いに任せて開催された料理対決。
 いつの間にかお祭りムードの中で彼女独り、その非現実的な場所に立っている。
 ・・・もしかしたら、これは・・・

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 ガステーブルの火を止めた虹野は、そのままゲスト席に向かった。
 そこには自分の母と古式母が座っている。
 虹野が母の前に立ち、こう言った。
 「お母さん、こんな対決・・・無意味だと思う。二人の間に何があったか知らないけ
 ど、やっている事はまるで代理戦争のように思えて仕方ないの」
 「何言ってるの!この対決は私たちとは全然関係ないわよ」
 だが、同じように疑問を抱いていた人が隣りにいた。
 古式母が身を乗り出すようにして告げる。
 「沙希ちゃん、お母さんを信じてここまで来たんじゃないの?」
 それを聞いて彼女はある事に気が付く。
 「私も、最初はそうだった。でも、これまで何の争い事もなかった二人が、どうして
 急にこんなにも変わってしまったのか疑問に思えて・・・」
 彼女の目は今にも涙が落ちそうな悲しい目をしていた。
 「料理は楽しく作りたい・・・友達同士が争うこんな対決は嫌なの」
 娘の衝撃的な告白に、ゲスト席どころか会場全体がどよめきを隠せない。

 この言葉にようやく理解を示した母は、しばらくの沈黙のあと、こう告げた。
 「結局、あの日・・・伝説の樹の下で彼は来なかった。告白出来なかったの」
 その言葉を聞いて、古式母の溜息が漏れる。
 「実は今分かったの。もし結ばれていたら苗字も変わっていたと・・・」
 既に古式母の表情に優しさが戻って来た。
 虹野母の口から言葉が漏れる。
 「ごめんなさい・・・」
 古式母は無言のまま首を横に振り、それから笑顔で頷いた。

 会場でその様子を見ていた紐緒。
 「状況、終了・・・」
 そう告げると、彼女はその場を去った。

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 「結局、あの対決って意味があったのかしら」
 屋上で手摺に持たれながら館林が呟いた。
 すぐ横にいた朝日奈が腕組みの姿勢で答えた。
 「さあ、沙希ちゃんはどうなの?」
 その横にいる虹野がこう言う。
 「時間に振り回された料理は、あまり美味しくなかった・・・かな」
 「やっぱり、味見したんだ」
 朝日奈は、それに納得したように言う。
 「どんな料理でも、時間を掛けて作りたいね。あっ、あたしは作れないけど・・・」
 館林が横でこう呟いた。
 「実は、古式さんの料理つまみ食いしちゃった。美味しかったです」
 すると身を乗り出すように古式が言った。
 「まあ〜、いつの間に食べたんですか?全然気が付きませんでしたけど・・・」
 「えへ、忍者のように」
 それから館林は背を伸ばしながら両手を上げて呟く。
 「んー、これから何処行きます?」
 朝日奈が周囲を見渡しながら言った。
 「実は美味しいデザートの店見付けたんだけど、これから行かない?」
 それには清川が答える。
 「たまには、良いかも・・・」
 ゆかりも頷いて言った。
 「では、これから参りましょう」


おしまい♪


後日談・・・

 虹野家、台所にて。
 「お母さん、さっき古式さんから電話があって来週一緒に懐石如何って」
 すると母は笑顔で答えた。
 「もちろん、一緒に食べに行きましょう」

今回は虹野寄りの重くならない範囲のお話でした。料理って、奥が深いですね〜