古式ゆかり6月13日御誕生日記念ショートストーリー 「古式ゆかりのBirthDay」(前編) 公開日2000/06/13 6月12日・・・その日は朝から雨だった。 その雨は、前日の昼過ぎから降り続いている。 「はあ〜」 あいにくの雨模様に古式家のひとり娘、ゆかりは屋敷の縁側でその様子を眺めていた。 すでにきらめき高等学校の夏の制服に着替え、庭先にある[あるもの]を見ている。 裏庭には馬製埴輪が、その降り注ぐ雨にぬれている。 「馬さん、可哀想・・・」 どんな物にも魂はある。そんな純粋な心は母譲り。 どんな事があっても最後までやり遂げる。そんな強い意志は父譲り。 表向きはちょっと想像付かないが、そこが彼女の良い所なのかも知れない。 茶の間から声が聞こえた。 「ゆかり、朝御飯出来ましたよ」 「今、参ります」 母の声に、彼女は応えた。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「それでは〜お父様、お母様、行って参ります」 ゆかりが玄関先で一礼を済ませると、母は笑顔で応えた。 「行ってらっしゃい〜」 それから手に持っていた赤色の傘を雨空に広げると、彼女は高校へ続く道を歩み始めた。 それを見守る両親。 父はその後ろ姿を見て、母にこう尋ねた。 「ゆかりは明日で何歳になる?」 母もゆかりの後ろ姿を見ながら、こう応える。 「17になります」 「立派に成長したものだ・・・」 「小さい頃は、あの子、病弱でしたからね〜」 娘の成長ぶりを誉めるのは、親の楽しみでもある。 「さて、お父様も・・・お仕事の仕度を」 「今日は確か定休日だったはずだが・・・」 「まあ、ご冗談を〜」 父は大きくため息を付くと、頭を抱えて言った。 「お前には嘘は付けんな・・・」 母にはかなわないようである。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 長い道のりに思えたが、途中から割り込みが入った。 「ゆかり! おっは〜」 「夕子さん、おはようございます」 ゆかりの親友、朝日奈夕子である。彼女とは、今や切っても切れない仲。 憂鬱な雨の中だが、ゆかりの声は彼女の登場で声も弾んでいた。 「今日はあいにくな雨ですけど、一緒に登校出来て、嬉しいですね〜」 「そお? なんだか嬉しいな〜」 「そう言えば〜・・・」 それを聞いた夕子は一瞬、身を反らした。 彼女は、この出始めの台詞が苦手。 案の定、ゆかりは人差し指を立てている。 「いつもは迎えに参りますのに、今日は珍しいですね〜」 胸を撫で下ろす夕子。 「良かった・・・」 「何かあったのですか?」 「えっ? あっ、ちょっちね」 そう答えたが、すでに彼女は考え事をしていた。 「うーん」 「ね、ゆかり・・・」 「はあ〜」 「はあ〜って、考え事してると危ないよ」 ゆかりが我に返る。 「え? わたくし、何か考え事してました?」 夕子の顔が苦笑いに変わる。 「してた・・・絶対! してた」 「そんな、大げさな声出さなくても、聞こえますよ〜」 ゆかりは平然としていたが、夕子のほうは釈然としない。 「最近・・・いつもだけど、今日は特におかしいよ」 すると今度は首を少し傾けた。 「今日、ですか?」 「そう・・・」 視線は夕子の方を見ながらも、ゆかりの歩みは止まっていない。 「そうでしょうか〜」 「とりあえず、否定はしないけど・・・」 ようやく夕子もいつものスマイルに戻りながらも、いつもと様子が違う彼女の顔を眺めていた。 「何かあったら真っ先に教えてよね。親友なんだからさ〜」 「はい、もちろんです」 ゆかりもいつもの笑顔に戻っていた。 だが、それに気を取られていて油断したのは誰でもない夕子の方。 「わっ!?」 「まあ・・・」 足もとを見ていなかった夕子は、そのままゆかりの方に寄り掛かって来た。 だが、辛うじて身を立て直す事が出来た。 「ご・・・ごめーん」 「夕子さん、足もと、気を付けて下さいね〜」 「うう・・・」 逆に言われる羽目になってしまった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 その日は午前中いっぱい雨が降り、午後から晴れ模様になる。 時同じくして昼休み。 教室から少し離れた別棟の休憩所で、お弁当を広げるゆかりの前に、椅子を手前に引いて座る影があった。 「ゴメンゴメン! 購買凄い混んでいて買うのに一苦労しちゃった」 少し遅れて夕子が席につく。 「まあ、それは大変でしたね〜」 そこは去年完成した新館で、室内も体育館並みに広い。 白く円いテーブルがいくつも設けられていて、各テーブルに椅子が4つ備えられている。 そこへ、ショートヘアの生徒が歩み寄って来た。 「同席、良いかな〜?」 慌ててその声の主を見上げる二人。 途端に笑顔に変わった。 二人の前に立っていたのは、運動部では幻と言われている虹弁の持ち主。 その他人行儀の虹野沙希に夕子はこう答えた。 「沙希ったら、なーに他人事言ってるのよ〜。ほら〜、一緒に食べよう」 空いていた席を引いて勧める。 「やっぱり変だった?」 「って言うか、珍しいから」 虹野も加わったこのテーブルはより賑やかになった。 夕子の愚痴話は続く。 「でさ、そのナンパ野郎って、何て言ったと思う?」 沙希はフォークにタコさんウィンナーが刺さった先を夕子に向けて答える。 「ズバリ、他にも良い女の子はいる・・・とか」 「ちょっと違うんだな〜・・・って沙希〜、今何て言った?」 すると沙希は、タコさんウィンナーを口に放り込んでしまう。 「もごもご」 「そうやっていつも逃げるんだから〜・・・」 一方、ゆかりは何やら考えていた。 「うーん、そうですねぇ〜」 今度は良い答えが帰って来そうな予感がした二人は、思わず身を乗り出す。 「どお? 分かった」 夕子の問いに、彼女はこう答えた。 「さあ〜」 思わずテーブルに突っ伏す夕子。 「ガク・・・」 透かさず沙希は横槍を入れた。 「やっぱり良い女はいる・・・」 「あー、違うって〜!」 その様子を見て、ゆかりは小刻みに笑う。 「おもしろいですねぇ〜」 「おもしろくなーい!」 すでに夕子は苦笑いをしていた。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 放課後、テニス部の練習が長引いたゆかりは着替えを済ませると、夕子が待っている教室に顔を見せた。 「さすがに、もう帰られた後ですね」 その背後から誰かが彼女を呼んだ。 「あら、古式さん」 慌てて振り返ると、ロングヘアの綺麗な生徒が立っていた。 自慢の髪にはヘアバンドを付け、浮かない顔で見ている。 「朝日奈さんなら、もう帰ったわよ」 「やはりそうでしたか〜」 ゆかりは彼女を知っているように彼女もゆかりを知っていた。 虹野が運動部のアイドルなら、彼女は高校のマドンナ・・・そう男子生徒の間でささやかれている。 名前は藤崎詩織と言う。どうやら夕子とは教室が一緒らしい。 二人の間にそれほど面識はないが、それほど仲が悪いと言う訳でもない。 むしろ普通だ。 「古式さんは、今部活終わり?」 「はい、そうです」 「じゃあ、帰り道も同じ方向だし、途中まで一緒に帰らない?」 ゆかりは彼女の台詞を聞いて笑顔で答えた。 「はい、喜んで〜」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「藤崎さんは、何の部活に入られているのですか?」 ゆかりからの問いに、詩織はこう答える。 「あら、一緒だったじゃない・・・テニス部よ」 やはり今日のゆかりは変だった。 記憶を辿るにつれて鮮明になってくる情景。 「そう言われてみますと・・・」 テニスウェアの詩織と、きらめき高校の制服を着ている彼女を重ねる。 「ああ〜、思い出しました」 「と言っても今度の大会までの助っ人だけどね」 再び疑問が出て来る。 「はて?」 すると詩織は笑顔で答えた。 「今日入部したの。もともとは陸上部よ」 「まあ、それで〜」 ようやく疑問が晴れた。 「藤崎さんはテニスは、以前からされていたのですか?」 「中学の時まではね」 「ではお上手なんですね〜」 だが詩織は慌てて首を横に振る。 「ううん、やっぱりブランクは大きかった。勘を取り戻すまでが大変みたい」 「頑張って、下さいね〜」 「古式さんもね。二人レギュラーで選ばれているのよ」 「そうなんですか〜。それは大変ですね〜」 ゆかりには、まるでその自覚がない。 その様子を見て、横にいた詩織はクスクス笑い始める。 「やっぱり話していて楽しい。朝日奈さんと沙希ちゃんに聞いたの」 「まあ、それは困りましたね〜」 それを聞いた詩織の笑いは止まらなくなった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 途中、詩織と別れたゆかりは無事に自宅へ辿り付く事が出来た。 辺りは薄暗いが、視界が悪い訳でもない。 腕時計を見ると、すでに7時を少し過ぎていた。 「今日は、遅くなりましたね〜」 玄関の前に立つ。 そして、扉を開けて中に入る。 「只今帰りました・・・」 そう告げた途端、何か体の自由が利かなくなったような気がした。 「あ・・・」 目の前の通路に母が立っている。 「お帰りなさい。遅くまでご苦労様・・・」 ゆかりが見た母の姿が倒れて行く。 母の血相を変えて駆け寄ってくる姿が斜めになって見えた。 その時、ゆかりはようやく気が付く。 ・・・わたくしが、倒れて行くの・・・ 次第に視界が暗くなって行くのを感じながら・・・ 後編に続く・・・ |