古式ゆかり&虹野沙希ショートストーリー2

「きらめき高校版、料理の鉄人」(前編) 公開日2001/08/10




 お昼も近い虹野家の居間。
 彼女はメモ用紙を手にし、固唾を飲んで何かを待っていた。
 『テレビクッキングのお時間で〜す』
 視線の先ではお昼前に放送されている番組が始まり、若手女性タレントが調理師の指
導のもと、手捌きも多少頼りなさそうになりつつも番組を進行している。
 手元のメモ用紙には、さすがに全部は書き切れないが要点を抑えた形としての走り書
きが綴られ、彼女の番組に関心を寄せる熱意が伝わって来る。
 テレビ番組のカメラ視線が切り替わった。
 ・・・?
 そこに映っていたものは、紛れもない番組台本。
 良く見ると、セリフや笑わせるコメントが全て書かれている。
 そして、番組は何事もないように続けられていた。
 彼女が深くため息をつく。
 「だと思った・・・」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 番組終了後、彼女は台所へ足を向けた。今の時間、そこには昼食の準備を進めている
母の姿がある筈。そして案の定、母はいた。
 「お母さん、晩御飯は私が作っても良い? さっき番組で美味しそうな献立が紹介さ
  れていたの。ねえ、良いでしょう?」
 娘の我侭気味な台詞に、母は後ろを振り返ると笑顔で答えた。
 「あら、頼もしいわね。沙希が作ってくれるのなら、私も一品腕を振るっちゃおうか
  しら・・・ふふふ」
 この母あっての虹野沙希。料理の腕前は両者引けを取らない。

 虹野さんのお弁当、通称「虹弁」は、調理師免許を持つ母が娘に伝えた一級の家庭料
理である。味はもちろん、プロ顔負けの栄養バランスもきめ細かくチェックされた絶品
にランクされていた。
 同校の男子生徒でそれを食する確立はきわめて低いが、まれに運動部で虹弁を受け取
る生徒がいる。その生徒は以後、英雄と称えられ、同部員からも一目置かれるようにな
るとか・・・。

 昼食後、二人はテレビ番組を見ていた。
 「あ・・・」
 何かを切り出すような母の一声。
 「ん?」
 「どうしましょう、今日は大切な日だってことをすっかり忘れていたわ」
 沙希には思い当たる節はない。
 単なる独り言かと思っていたが、どうやら本当のことらしい。
 「沙希、母さんちょっと出掛けて来るから、お留守番お願い」
 「うん、任せて・・・」
 母は手早く身支度を済ませると、玄関へ小走りで向かった。
 「じゃ、行って来るから・・・」
 「行ってらっしゃい」
 その後急に深刻な表情になる。
 ・・・普段は完璧なお母さんなのに、どうしたのかしら?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 きらめき商店街から少し外れた喫茶店。
 腕時計で待ち合わせ時間を確認し、紅茶を啜る女性がいた。
 「そろそろ・・・」
 丁度その時、喫茶店の入り口のドアが開く。
 『カランカラン♪』
 設置されていた鐘が鳴った。
 すでにメニューを持ったウェイトレスが待ち構えている。
 「いらっしゃいませ」
 入って来たのは先ほどまで紅茶を啜っていた女性と、それ程年端も違わない。
 「ごめんなさい、先に待たせている人がいるの・・・んー」
 その声を聞いてか、窓際のテーブルから後ろ姿のまま手を上げている人物がいた。
 「こちらですよ〜、虹野さん」

 「今でも高校時代の事、覚えてる?」
 話を切り出したのは、丁度オーダーを終えた虹野母。
 「あの時、同じ人を好きになってしまって、しばらく口も聞かなかった事があったで
  しょう。当時はホント、どうしたら良いのかっと思って・・・」
 「良く覚えていますね。私はすっかり忘れていました」
 古式母の、いつもの忘れ症だと軽く流す虹野母。
 「相変らずね。まっ、そこが良かったから、こうして長く付き合いが続いているのか
  なぁっと思っていたりして」
 意味深な台詞に口元へカップを持って行こうとしていた古式母の手が止まる。
 「どうしたんですか? 今日は妙に親身になっているようですけど・・・」
 「実は・・・」
 「はい?」
 「告白・・・」
 「何を、ですか?」
 「その子」
 「えっ?」
 「当時の男の子」
 「ん?」
 「伝説の樹の下で・・・」
 それを聞いた古式母の顔色が一変した。
 カップを持ったまま、その場に立ち尽くす。
 「と、言うと、あの時の約束は・・・伝説の樹で告白しないと言う約束は・・・」

 喫茶店を飛び出した古式母は、そのまま商店街の中へ消えて行った。
 独り、注文したハーブティを飲む虹野母。
 ・・・最後まで言えなかったけど、仕方ないわね。
 この事が、後に大変な出来事へ発展すると言う事は誰も予想していなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 日曜の部活の練習が終わりきらめき高校からテニス部の部員が帰路につく。そんな中
に彼女の姿もあった。
 「では、また明日〜・・・」
 現在、古式ゆかりは高校2年生。この高校でテニス部に入部している。
 今日使用したテニスウェアとラケットを収めたバッグを抱きかかえ、彼女もまた自宅
を目指していた。時折バスタオルで髪の毛を拭いたり解け掛かった三つ編みを直してい
る所を見ると、部活後にシャワーでも使用したのだろう。
 「帰ったらお母様に直して頂きましょう・・・」
 そんな独り言を呟きながら、次の小路を曲がった時・・・。
 「・・・?」
 後ろ姿だが見覚えのある人物が彼女と同じ方向を向きながら歩いている。
 多少俯き加減だが、着込んだ衣服までは見逃さなかった。
 ・・・お母様。

 小走りで母に並ぶ。
 「お母様、今帰りですか?」
 すると母は少し疲れた表情を浮かべ、枯れた声でこう言った。
 「ゆかり、もしも虹野さんと何かあってもお母さんの言う事を信じてね・・・」
 「はあ・・・」
 ゆかりはそんな自信のない母を見たのは初めてだった。
 仕方なく笑顔で答える。
 「はい、分かりました」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 翌日、きらめき高校2年生のF組教室では、毎年恒例行事となったきらめき商店街主
催による「きらめきバザー」他教室との合同催し物について話が行われていた。
 担任教師が教卓の前で説明をする。
 「えー、知っての通り今年も2クラス編成できらめきバザーが行われる。今回はE組
  の生徒と合同開催だ」
 E組と聞いて男子生徒側の様子が一変する。
 「料理! 虹野さんの手作り料理!!」
 「カフェバー!」
 「俺だけに・・・俺だけに・・・」
 この騒ぎで、普段穏便な教師から激が跳んだ。
 「静かに!まったく、まだ何を行うかこれから決める時だから落ち着け」
 教師の一言で、ようやく平静を取り戻す教室内。
 だが腕時計を気にしながらも、何かを待っているようだ。
 そして数秒後・・・
 『ガラガラ・・・』
 教室のドアが開き、女子生徒が1人入って来る。
 「失礼します。E組F組合同開催の出店内容が決定しました」
 教室内が一瞬ざわめく。だが、すぐにそれは収まった。
 「出店内容は、料理の鉄人対決・・・E組代表、虹野沙希さんに決定しました」

 同、E組で驚きの表情を隠せない虹野。
 「嘘、ちょっと・・・まだ私、心の準備が・・・」
 歓声が湧き上がるF組を背にして、強引に決定された人選に混乱気味。

 同、D組。
 ・・・ふふふ、どうやら決定した様子ね。楽しみ、ふふふ。
 紐緒結奈が頬杖を付き、その歓声を聞いている。
 ・・・依頼の裏工作した甲斐があったわ、ふふふ。
 やっぱり・・・(笑)

 F組に戻る。
 担任教師が頭を抱えながらも、人選の選択を迫られる。
 「虹野さんが代表となると、対立候補選択は難しいな・・・」
 見渡す限り、彼女と対等に勝負出来る腕前の持ち主はいないように思えた。
 その時、女子生徒が1人立ち上がり、別の女子生徒の手首を持ってそのまま上に上げる。
 「ここにいますよ。私は古式ゆかりさんを指名します」
 「へ?」
 F組内がどよめきで包まれた。
 「おおおおおお・・・」
 何が何だか訳が判らない彼女。
 「あ、あのー・・・えーと・・・」
 教師が呟く。
 「古式さん、やってくれるかい?」
 「あっ、は、はい・・・がんばってみたいと・・・」
 まだ自分が何をする事になったのかを把握していないまま、代表が決定した。
 ・・・一体、何を決めていたのでしょうか?

 E組にF組代表決定の知らせが入る。
 「ご報告します。F組代表は、古式ゆかりさんに決定しました」
 今度はE組でどよめきが上がった。
 そんな中、ひとり困惑の表情を浮かべている生徒がいた。
 ・・・古式・・・さん。
 彼女と正式に料理対決をする事になる、虹野沙希。
 周囲から応援の声が聞こえる。
 だが、今の彼女には、その声すら耳に届かない。
 ・・・どうしよう?
 こうして運命の戦いは、ここに幕を切って落とされた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 放課後、部活動を終えた生徒達が帰宅する中、古式は下駄箱に立ち寄り、自分の下駄
箱から登校用革靴に履き替え、そのまま顔を上げる。
 ・・・?
 目の前に立っていたのは虹野だった。
 「今、帰り?」
 その表情には曇りの一片もなく、笑みすら浮かべていた。
 古式はため息をつくと、それに答える。
 「はい〜、これから少し寄り道をして参ります〜」
 「もし良かったら、途中まで一緒に帰らない?」
 「それは構いませんけど、商店街の方ですよ」
 「決定ー、私も商店街寄るから行こう」
 普段と何ら変わらない二人。
 だが、お互いの手の内を悟られまいとしている事は明白である。

 二人の様子を物陰から静かに見守る姿があった。
 コアラヘアのちょっと内気な表情をした、一見大人しそうな感じの子。
 その後ろにもう1人、別の子がいた。
 「朝日奈さん・・・二人、大丈夫でしょうか?」
 「うーん、ちょっとヤバ目って感じね」
 今回の二人と親友の、J組の館林見晴とI組の朝日奈夕子である。二人のクラスは今
回、合同で出店を予定していた。
 ・・・ゆかり。沙希ちゃん。
 どうやら料理対決の話題は比較的広範囲にまで広がっているようである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 高校から、きらめき商店街までの道のりはそう長くないが、今の二人にはそれがとて
も長く感じた。もちろん、数日後に開催される料理対決同士だと言う事はお互い理解し
ていたようである。
 そして、それ以外にも重く圧し掛かる何かを予感しつつ、二人は他愛のない会話を続
ける。
 「古式さん、確かテニス部だったよね。部活楽しい?」
 「はい、とても楽しいです」
 「そう・・・良かった」
 「虹野さんは、確かマネージャーでしたよね」
 「ええ、そうよ」
 「大変ですねぇ〜」
 「そう、大変なの」
 そんな他愛のない会話が幾度か繰り返される。

 商店街で別れた二人。
 虹野がその場に去った後も、その重圧感は続いている。
 珍しく古式の表情に曇りが感じられた。
 ・・・虹野さん。
 今の古式にとって、彼女の存在は余りにも大き過ぎている。

 朝日奈と館林は、その様子を道路際の物陰から全て見ていた。
 「朝日奈さん、私達の行動って・・・ストーカー」
 「静かに・・・ゆかりは感が鋭いから気付かれるわよ」
 小声で制した朝日奈の表情にも、やや曇りが見え隠れしていた。
 ・・・ゆかり、元気出してよ。
 彼女は心の中で一言、そう呟く。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 買い物を済ませた古式は、河川敷の土手を歩いていた。
 腕時計を覗き込むと、午後6時を過ぎていた。
 だが、今の彼女にはそのまま帰宅する意思は見られない。
 土手から河川の側まで降りると、夕暮れ間近でオレンジ色に染まる水面の波の動きを
近くで良く見る事が出来た。
 彼女は近くの芝生に腰掛け、その情景を空ろな目で眺めている。
 ・・・どうしましょう。わたくしが料理対決に・・・
 今頃になって事の重大さを実感し始めていた。
 そして数分が過ぎ去った時、後ろの方が妙に騒がしい事に気が付く。
 聞き覚えのある声がした。
 「あっ、あっ!?」
 「ちょっ、ちょっと引っ張らないで・・・あーっ!?」
 古式の右数メートルの所に滑り落ちて来た女子生徒が2名。
 彼女がその方向を見ると、朝日奈と館林がいた。
 見ると芝生の古枝が服に付着している。
 「うー、尾行が台無し」
 館林が制服に張り付いた芝生を手で払いながら文句を言った。
 「朝日奈さんがしっかり支えてくれなかったから落ちたんですよ」
 一方の朝日奈も負けていない。
 「ちょっと〜あたしのせいにしないでよ」
 その様子を見て、古式は少しだけ笑みを浮かべた。
 「仲、良さそうですね〜」
 「えへへ、元気ー?」
 朝日奈は愛想笑いで答える。

 「余り、自信がないんです・・・」
 彼女の悲観的な答えに、館林はこう言った。
 「古式さん、そんなに自分を思い詰めない方が良いと思うの。別にこの対決でお互い
  の傷が広がるとは限らないし・・・も、戻るとも限らないし・・・」
 それを聞いてか、朝日奈が横で頭を抱えている。
 「みはりん、それ・・・言い過ぎ」
 「あっ、ゴメン・・・」
 館林は思わずその場に小さく蹲り、替わって朝日奈が彼女にこう告げる。
 「ゆかりのラケット、普通より大きめだったよね。テニスラケット振る時の腕力は、
  あたしより劣るけどフライパン位は確か持つ事出来たよね」
 すると古式は朝日奈の顔色を窺い、今度は笑顔で答えた。
 「はい、それはもう大丈夫です。病弱な幼少の頃から鍛えられましたので〜」
 その会話に館林が食い付く。
 「古式さん、病弱だったんですか?」
 「ええ、それで何かスポーツを行いたいと思いまして、テニスを習い始めました」
 見た目とは違った彼女の意外な一面を目の当たりにした館林は、より一層何か出来な
いかと積極的になった。
 「古式さん、私で何か役に立つ事があったら何でも聞いてね」
 「まあ〜嬉しい、それは助かります〜」
 だが実際、当日は2クラスペアになるので別クラスからの協力は出来ない。
 「みはりん、ゆかりはF組だよ。役に立つと言っても・・・あっ?」
 朝日奈の脳裏に何かが閃いた。
 「これなら大丈夫かも・・・」
 「ん?」
 首を傾げる古式の腕を掴むと、彼女がその場に立ち上がる。
 「ゆかり、今すぐ特訓よ」
 それを聞いた館林が声を上げた。
 「えーっ、今から!?」
 「ダチだから、構わないよね?」
 朝日奈の誘惑に満ちた笑みに、彼女は思わず・・・。
 「あっ、はい!」
 強引ながらも承諾にこぎ着けた。


後編に続く・・・